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日本代表選手による高校体育でのBaseball5授業実践レポート

レポート 2023.09.07

「WBSC ASIA Baseball5アジアカップ2022」 日本代表の八木一弥選手が、埼玉県筑波大学附属坂戸高等学校において4月から6月中旬まで、ベースボール型の授業の中でBaseball5を教材として授業を行いました。Baseball5は性別や年齢等を問わず誰でも、そしてどこでもプレーできるアクセスのしやすさが魅力の一つであるベースボール型競技です。これまで高校体育の授業で主に実施されてきたソフトボールやTボールとはまた違った新たな魅力が感じられる授業内容となりました。是非ご参照ください。

授業の参加者について

今回は、3年生の選択種目の1つとして取り入れ、障害があり、電動の車椅子でなければ移動が困難な生徒2名を含む、約45名の生徒が受講してくれました。

今回の授業を行うにあたって

今回の授業を行うにあたってのめあては、「インクルーシブなスポーツの場について考える」ことと「ベースボール型のゲームの楽しさを体験」することとしました。

Baseball5は、野球やソフトボールが競技特性上抱えざるを得なかった、道具や場所の確保や資金的な問題などアクセシビリティに関する難しさを乗り越え、たくさんの国や地域の人々にベースボール型スポーツに親しんでもらいたいという意図を包含しながら世界中で普及が進んでいるスポーツです。

「男子は野球、女子はソフトボール」などといったイメージがあると生徒たちが話してくれましたが、日常の中で私たちがもっている無意識的な認識は、スポーツは特定の誰かのものとして受け入れてしまい、結果としてこれまでのスポーツの場は誰かを排除してしまう構造になってしまっていたとも考えることができるかもしれません。

こうした普及の背景や私たちの認識を踏まえ、今回Baseball5を教材として扱うことによって、関わる生徒たちがそれぞれの多様性を担保し合い、人を排除せずとも真剣にチャレンジできる、インクルーシブなスポーツの場を考えるきっかけになればと思いました。

また、授業前に生徒や、ベテランの先生に話を伺うと、ベースボール型のゲームを楽しむために要求される「打つ・投げる・捕る」といったスキルが高度であったことで、「内野ゴロでもアウトがとれない」「外野に飛べばランニングホームラン」といった大味なベースボール型のゲームしか体験できなかったという授業展開の難しさをうかがうことができました。そうした現状を鑑み、Baseball5を授業の中に導入することで「攻守の絶妙なタイミングの競争」「走者の位置、点差、アウトカウントの違いなどを踏まえた攻守の状況判断」などというベースボール型のスポーツの楽しさを味わってもらいたいと考えました。

授業の展開について

今回の授業は、車椅子の生徒も選択してくれていたと先述しましたが、性別の違いをはじめベースボール型競技への理解度など、生徒それぞれの異なる状況を尊重しながら、全員が真剣にスポーツを楽しめる場づくりを目指し、ルールに着目し大きく分けて次の3つの展開を考え実施しました。

展開① 公式ルールでのプレー
展開② 状況に合わせたプラスαのルールの制定
展開③ 上達に合わせて徐々に公式ルールに戻しながらも必要な特別ルールは残し、最終的に場に適したオリジナルルールを使い分けた試合運営に移行する

また、これまで多くの生徒たちが体育の授業で経験してきたソフトボール(今学期はTボールの形に近づけて実施)にも取り組み、Baseball5とソフトボールの往還を通じて、それぞれの特徴や面白さはどこにあるのかなどについてもディスカッションを行いました。

実際の学習の様子

Baseball5を初めてプレーした生徒たちは、ボール以外の特別な道具を使わないことやホームランがないことなど驚きながらも、男女の違いや体格や経験の差によって不利な状況が少ない印象があると話してくれていました。また、これまでのベースボール型の種目よりも守備位置からベースまでの距離が短いため、アウトを取りやすいという声もありました。

一方で、特に難しいという意見が多かったのが、手でヒッティングすることで「狙ったところには打てても強く打つことが難しい」ということ、守備ではボールが小さいためキャッチすることが難しいという2つの点でした。

上述した難しさを踏まえ、展開②ではいくつかの特別ルールを採用しながら、ゲームの面白さを損なわない工夫がなされていました。例えば下記のようなものがありました。

A) 2回まで打ち直しを可とする
(公式ルールでは打ち直しはなし)
B) アウトを3つ取ることに加えて、イニングの交代条件を攻撃側が3点または5点取ること、
打者一巡するまでなどと設定し試合の進行を促進すること
C) 打つのが苦手な生徒はスローイングに代えたりラケットを使用してみたりする
D) ボールをTボール用の大きなボールにしてみる
(ソフトボールの大きさのウレタン製のボール)

さらには、生徒の特徴に合わせたルール変更もしながら、車椅子の生徒も積極的に参加できる機会を創出する工夫もなされました。車椅子のメンバーが参加できるように工夫されていたルールは下記のようなものがありました。

E) 攻撃はヒッティングではなくスローイングを可とすること
F) ノーヒットゾーンを無くす
(ホームベース前の4.5mのライン)
G) ヒッティングの後、急加速が難しいので代走をすること
H) ホームベースをバッターボックスから離れた場所に設置すること
(投げた後バッターボックスに留まることによる接触を防止するため)
I) 守備時、ファーストを守る際は送球をタイヤに当てることでキャッチとみなし、その他のポジションの際は、打球をタイヤに当てることができればアウトとすること

最終的には、展開③へ移行する中で、アウトを取ることも上手くなり接戦のゲームが増えてきたことで、必要のなくなった特別ルールA・B・Cなどは話し合いを経て都度使い分けながらゲームを運営していました。

「基礎練習」不要、フルイニングできることの意味

Baseball5を通して、ベースボール型種目のルールの理解がかなり進み、生徒たちがより面白さを感じながら主体的にゲームに参加できるようになりました。
 またBaseball5の特性上、投げる・打つ・捕るなどの技能の「基礎練習」を事前にみっちり行わなくても試合が成立するため、単元の初期から多くの時間をゲームに費やして楽しむことができます。その中での守備機会がとても多くなることから、判断力も含めた守備の能力が大幅に向上し、Tボールを行った際にも、引き締まったゲームの形になりやすくなったと感じました。
 試合時間は5回までフルに行なったとしても2~30分ほどですので、授業内にルールや戦術について話し合う時間や個人のスキルを向上させるようなプログラムも組み込みやすかったように感じます。経験豊富なベテランの先生に伺っても「ベースボール型はゲームだけになる単元の最終盤以外は、2〜3回までしかまわせないことの方が多かったかなぁ」ということですが、やはりアウトカウントを15個取るまでの守備機会がある、打順も4〜5回まわってくる、というフルイニングの学習が単元序盤から実施できる意義は大きいと思います。

「誰もが」参加できる、「どこでも」実施できる

車椅子の2人の生徒についても、私自身が以前にインスタグラムで車椅子Baseball5の映像を見たことがあったので、十分に参加可能であるという見通しはあったのですが、本人たちが「これならやれそう」と意欲を持って選択してくれたことがありがたかったです。ボッチャやモルックなどアダプテッドスポーツでは活躍場面のある彼らも、陸上やマット運動、他の球技などでは、計時や得点板など運営の補助や、動ける生徒たちの動画撮影などサポート役に回ることが多かったのですが、今回のBaseball5に関しては、実際に「真剣な」試合にプレーヤーとして生き生きと参加することができており、まさに生徒たちの力とBaseball5の良さを活かし、インクルーシブな状況を生み出せたのは大きな成果でした。

Baseball5のコートの規模と学習効率、設営について

本来は体育館内など壁のある環境で行うことで設営も容易で競技特性が活きるBaseball5ですが、今回は体育館で他の種目が行われていたため、ホームセンターで工事用ネットと杭を購入して21m四方の空間を設営しました。
 Baseball5には広いスペースが必要ないため、グラウンドに余裕を持って2〜4面を設営することができ、多くの生徒が一度に活動でき、学習量や運動量もしっかり確保できたことはかなり良かったと思います。
 一方で設営には工夫が必要でした。コンパクトなサイズである反面、競技の特性上、壁(のようなもの)によって区切られたスペースの中でプレーすることが、このスポーツの面白さを引き出します。そのため、広い仕切りのないグラウンドでプレーする際は、どのようにして囲まれた21m四方のコートを作るかが課題となります。今回は、写真のような杭と建設工事現場の防護柵などに使われるネットフェンスを使用し簡易的にコートを作りました。

はじめは教員が中心に30分近くかけて準備をしていましたが、次第に生徒たちも要領良く設営できるようになり、これはいいアイディアだったと感じました。開けたグラウンドにコートを作るということに関して、他にいいアイディアをお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひご教示いただきたいです。

ベースボール型のスポーツ文化発展のために

Baseball5を教材として、「参加者の状況に合わせてルールを工夫する」ということに取り組んでみました。これまでは既定のルールに則ってプレーすることがベースにあった中で、十分な広さの専用フィールドを確保できない国や地域でも実施しやすく、基礎技能や複雑なルールにとらわれずに誰もがアクセスしやすいスポーツとしてBaseball5が誕生しました。そうした背景も含めての学習を通して、ベースボール型種目全般の理解が深まっただけでなく、今回は特に車椅子のメンバーも参加してくれたことで、「人を排除しないスポーツのあり方」など、生徒のより豊かなスポーツ観を育む要素が備わっていることを、改めて確かめることができました。
 また、先のベテラン先生には「今回初めて知ったけど、必要なスペースが野球・ソフトボールに比べてずっとコンパクトで、ケガやものを壊すリスクも限りなく小さいし、道具代もほとんどかからないから、これまでベースボール型種目の実施に困難を感じてきた学校でも、うんと導入しやすいよね」と体育経営の面からも評価していただきました。

今回の単元の中では、Baseball5とソフトボール(Tボールに近い形で実施)の両方を実施しましたが、ソフトボールに関しては外野に向けてかっ飛ばし、ホームランが出ることが一番の魅力だと生徒は感じていたようです。一方でBaseball5は生徒ごとに力の差が出にくく、限られたスペースで実施しホームランもないため、一気に大量得点することが難しいという特質があります。そのため、より細やかな戦術・状況判断が要求され、それに伴いゲームの理解がかなり重要になるという声もありました。今回は充分とは言えないものでしたが、時数を確保できるなら、このようにソフトボールや野球との往還を通して、ベースボール型種目全般の魅力をさらに探っていく実践が可能になるかと思います。

Baseball5は、いわば「投打の駆け引き」の面白さや「外野に飛ばす快感」を思い切って手放すことで、はじめに掲げた「攻守の絶妙なタイミング競争」にしびれたり、「走者の位置、点差、アウトカウントの違いなどを踏まえた攻守の状況判断」のワクワク感といった楽しさを、経験が浅い人でも味わえるというこのスポーツの一側面も感じられました。
 今回は、高校での選択授業にBaseball5を導入した一事例をご報告させていただきましたが、こうした特性は小中学校でのベースボール型種目の学習おいても無理なく発揮できるものだと思われます。様々な教育現場に広くBaseball5が認知され、取り組みが少しずつ拡がっていくと嬉しく思います。

引き続き多くの方々と情報交換させていただきながら、よりよい時間にしていきたいです。最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

執筆者:八木 一弥(やぎ かずや)
「WBSC ASIA Baseball5アジアカップ2022」 日本代表
Baseball5チーム「MINATO Surpass」主将
2016年からは青年海外協力隊の野球隊員としてスリランカに派遣され、同国において野球の普及活動や代表チームのコーチとして活躍。
帰国後は、約4年間に渡って大阪府のボーイズリーグのチームにて小学部チームの指導者として活動。
現在は退職して大学院に進学し、スポーツ文化に関する研究を進めている。